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しまねこです。天皇陛下と皇室の存続と繁栄を一番に願う者ですが、しばし政治ネタはお休み。縁の下の力持ちになる方法を探って行こうと思います。
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伊勢には、元々伊勢津彦命(イセツヒコノミコト)
と言う神さまがおられたのですが、
神武天皇が紀伊の国から大和の国に向かわれた折り、
天之日別命に、この土地を皇御孫に献上するよう求められます。
つまり、神武天皇の家来になれば?と言われたわけですね。
いったんは断ったものの、伊勢津彦命は伊勢の土地を明け渡します。
その時、伊勢津彦命は海の水を巻き上げ、大風を起こし、
光り輝く波風とともに、東の国へ去ったと言います。

「吾は今夜(こよひ)を以ちて、八風(やかぜ)を起して
海水(うしほ)を吹き、波浪(なみ)に乘りて東に入らむ。
此は則(すなは)ち吾が却る由なり」とまをしき。
天日別命、兵を整へて窺ふに、中夜(よなか)に及る比、
大風四もに起りて波瀾(なみ)を扇擧(うちあ)げ、光(てり)耀きて日の如く、
陸(くが)も海も共に朗かに、遂に波に乘りて東にゆきき。
古語(ふること)に、風の伊勢の國、常世の浪寄する國と云へるは、
蓋しくは此れ、これを謂ふなり。
(伊勢津彦のは、近く信濃の國に住ましむ。)

----------------------「國土としての始原史〜風土記逸文」さんより引用

そうです。まるで台風です。
先日の台風を想起させますね。
伊勢が『神風の伊勢の国』と言われるのはこの所以によるとも。

さて、伊勢津彦命が旅立たれた東の国とはどこか?
風土記には信濃(諏訪)だと書かれています。
諏訪に鎮まられる建御名方神は風の神。
そして、伊勢津彦命と建御名方神が諏訪に鎮まられる事になった経緯も
まったく同じなんですね。
建御名方神は出雲を、伊勢津彦命は伊勢を国譲りになったわけですから。
この2つの話をどう読むか?
この二柱の神は同じ神なのか?
ね?国学って面白いでしょ?

今回の台風の経緯が興味深いのは、
まるで伊勢津彦命が信濃に発たれた時を彷彿とさせる道筋です。
この国は皇御孫が治める国。
皇御孫が治めることで『靖国』ならんと、天照大御神が約束されたのです。
今、浅はかな臣たちの手によって、皇国が奪われようとしています。
はてさて、皇大神はそれをお許しになりましょうかね?
わしは絶対あり得ない、と思ってますけどね。
皇国によこしまな手を出すとどうなるか?
あの国が身を以て、教えてくれるかもしれません。



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